小説家・司馬遼太郎は、自身の著作『明治という国家』(または関連する歴史紀行やエッセイなど)の中で、小栗上野介を「明治の父(明治国家の父の一人)」と高く評価している。勝海舟などとともに、近代日本の礎をシステムとしてデザインした数少ない傑物として位置づけています。
その小栗上野介の生涯を描く、NHK大河ドラマ「逆賊の幕臣」がいよいよ2027年の正月からはじまる。
この幕末の傑物、小栗上野介を描いた小説は多いが、それらの中でも物語として比較的読みやすい、童門冬二作「小説小栗上野介」を紹介したい。
小栗 上野介 忠順(ただまさ)(文政10年6月23日〈1827年7月16日〉 – 慶応4年閏4月6日〈1868年5月27日〉)は、幕末期の幕臣。
「小説小栗上野介」の構成
全体の構成とあらすじの展開
- 幕開けと小栗の新国家構想 物語は「椿はまだか」「御用金」といった序盤から始まり、「山岡鉄太郎」や「小栗家の女性たち」といった人物描写を経て、小栗が描く日本近代化のための「横須賀製鉄所」の建設や「アメリカへの使節」派遣といった新国家構想へと展開していきます。
- 国際情勢と国内の政治的対立 「アメリカ見聞録」や「大老暗殺」「外国奉行に」「対馬の危機は日本の危機」といった章では、海外の先進技術や脅威に直面した当時の切迫した情勢が描かれます。また、井伊直弼をはじめとする人物たちとの関わりや、「宿敵」との対立が物語に深みを与えています。
- 近代化の推進と改革への挑戦 中盤から後半にかけては、「横井小楠の国政改革案」や「将軍京都へ」「勝海舟の工作」など、幕府の立て直しをめぐる様々な政治的謀略や政局の動きが活発化します。 さらに、フランス人技術者ヴェルニーの登場や「土蔵付き売家に生命がけ」の横須賀製鉄所建設など、オランダ派の反対を押し切って近代化を断行する小栗の執念と戦略が描かれます。
- 激動の終焉と悲劇 終盤では、「勝、再び軍艦奉行に」や「慶喜の裏切り」「最後の将軍」「パリ万国博」など、幕府崩壊へと向かう緊迫した情勢がスピーディーに展開します。 時代の大勢が逆転していく中で、慶喜の動向や「卵焼き」「大椿、落花す」「あとがき」へと至る結末を通し、新時代を見据えながらも非業の死を遂げた小栗上野介の生き様が鮮烈に描き出されています。
小栗上野介の先見の明と、幕末の激動に翻弄されながらも近代化へ奔走した姿が、この目次の各章の変遷からうかがえる。

物語の出だし
物語の出だしは彼を遠ざけた将軍徳川慶喜により、幕府のお役御免となった上野介が、一家郎党とともに領地の上野の国(群馬県)権田村に移るところから始まる。
同村の東善寺に仮の住居を構えた上野介一行に、御用金の虚言に惑わされた暴徒の集団に襲いかかられる騒ぎが起こり、その顛末を述べるとともに、一揆の暴徒たちの黒幕についても語られる。
小栗上野介を取り巻く人物たち
小説には、小栗上野介を中心にしてその周囲に歴史上も名を残す人物の行動・思想・逸話などが描かれている。
益満休之助 : 薩摩藩の志士・西郷隆盛の側近として活躍し、江戸市中での攪乱工作や情報収集など裏面工作に奔走した人物。;
山岡鉄太郎 : 幕臣でありながら剣・禅・書の達人として知られ、のちに江戸無血開城に向けて西郷隆盛と会談し、大きな役割を果たした傑物。
阿部正弘 : 老中首座として日米和親条約の締結など開国への舵取りを行い、譜代大名以外の優秀な人材も広く登用した柔軟な政治家。
井伊直弼 : 大老として安政の大獄を断行し反対派を厳しく弾圧する一方、日米修好通商条約を調印して日本の開国を断固として進めた強権的リーダー。
横井湘南 : 熊本藩出身の思想家で、海防論や公武合体、開国論を唱えて幕末の政治家たち多大な影響を与えた先覚者。
勝海舟 : 幕府の軍艦奉行として海軍の育成に尽力し、のちに西郷隆盛との会談を通じて江戸城の無血開城を成し遂げた柔軟な現実主義者。
河合継之助 : 越後長岡藩の家老として藩論を武装中立へと導き、列強の干渉を受けない独自の近代化と改革を目指した孤高の改革者。
徳川慶喜 : 最後の江戸幕府将軍となり、大政奉還を行って朝廷に政権を返上したものの、のちに鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍を置いて逃避した「最後の将軍」。
栗本瀬兵衛 : 幕臣・医師でありながら函館奉行などを務め、のちにパリ万国博覧会への使節随行などを通じて西洋の文明事情を深く見つめた国際派の知識人。
小栗家を支える女性たち
- 母親(くに子)の存在
- 小栗家の人々を見守り、厳格でありながらも進取の気風を持つ上野介の基盤となる家庭環境を支えた。
- 武家としての誇りや精神的な教えを通じて、のちに幕府の近代化や難局に立ち向かう上野介の揺るぎない精神力を内面から支える大きな存在となった。
- 妻(道子)の存在
- 旗本・建部政醇の娘として小栗家に嫁ぎ、激動の幕末期に翻弄される夫・上野介をしっかりと支え続けた。
- 政治的・国際的な重責を背負い、常に死と隣り合わせの改革に奔走した上野介にとって、家庭内における精神的な安らぎであり、困難な運命をともに耐え抜く伴侶として描かれている。
小説内では、「小栗家の女性たち」という章もあるように、表舞台で活躍する上野介の陰で、彼の志や行動を信じ、家を守り続けた女性たちの強さと深い愛情がドラマの大きな支えとして描かれています。
『小栗上野介』その人物像
1. 「土蔵付き売家」の名誉を残した男
前述の司馬遼太郎が小栗を絶賛する最大の根拠としているのが、彼が主導した「横須賀製鉄所(造船所)」の建設です。
幕末、幕府がすでに滅びゆく運命にあることを悟りながらも、小栗はフランスの協力を得て、近代的な製鉄所・造船所の建設を猛烈な勢いで進めた。周囲からは「もうすぐ幕府がつぶれるのに、そんな大金を投じてどうするのか」という冷ややかな声や批判もあったが、これに対し小栗は次のような趣旨の言葉を遺している。
「あのドックが出来あがった上は、たとえ幕府が亡んでも“土蔵付き売家”という名誉をのこすでしょう」
たとえ徳川幕府という「あばらや(借家)」が倒壊して消滅しようとも、日本という国に近代的な巨大ドック(=土蔵)が残されれば、次の時代(明治新政府)に必ずや巨大な富と軍事・工業の基盤として役立つ。自分の身や幕府の存続ではなく、「次の時代の日本国」のためにこそ、近代化のシステムを残そうとした。
この横須賀ドックこそが、のちに明治国家の海軍工廠となり、日本の近代化を支える唯一最大の母胎となったのである。

2. 勝者(薩長)の歴史観によって葬られた「巨頭」
司馬遼太郎は、明治維新が薩長を中心とした勝者によって成し遂げられたため、敗者である旧幕府側の優れた人物や業績が意図的あるいは無意識に小さく扱われてきたことに対して、常に鋭い眼差しを持っていました。
小栗上野介は、遣米使節としてアメリカに渡った際、現地で圧倒的な近代工業の力(ワシントン海軍工廠など)を目の当たりにし、帰国後ただちに日本に「万国公法(国際法)」や「会社組織」「製鉄・造船技術」の必要性を説いた、当時としては数少ない「システム工学的な近代化の設計者」と言える。
明治という国家がスタートできたのは、何も薩長の志士たちだけのおかげではなく、旧幕府のなかにこうした驚異的な近代化のプロデューサー(小栗)がいて、貴重なバトンとインフラを残してくれたからだと言えます。
しかし、あまりに時代を先取りしすぎた合理主義と、幕府の権限を背負って矢面に立った姿は、新政府軍や当時の周囲の者たちに恐れられ、小栗上野介の最後は濡れ衣を着せられて非業の斬首刑に処されてしまいました。
NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』
幕末の屋台が揺らいだ徳川幕府を、一途に立て直そうと奔走するとともに、日本国の将来を見据えて産業立国を図る最後の幕臣・小栗上野介を演じるのは松坂桃李。
そのほか、主な登場人物を演じる俳優は次の通り。
阿部正弘:岩田剛典 井伊直弼:岡部たかし 勝海舟:大沢たかお 栗本鋤雲(瀬兵衛):青木崇高 徳川斉昭(柄本明) 鳥居耀蔵:北村一輝 くに:鈴木京香 みち:上白石萌音 岩倉具視:山中崇 鷹司政通:長塚京三

2027年の大河ドラマ
「逆賊の幕臣」が待ち遠しい・・








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